機械出身でプログラマーになったらお荷物社員化したけど、色々経験して大企業へ転職できた話

 

「君がいても仕事にならないし、今日もう帰っていいよ」


会社でよく言われた言葉です。

仕事は頑張ろうと思っていたし、
みんなの力になりたいって思ってた。

でも実際は何もできない。
必要とされていない。

その現実を叩きつけられる言葉。。。




はじめまして、
ハクトと申します。

 

今回は自分の自己紹介を兼ねて、

新卒で入った会社で仕事が出来なさすぎて
完全なお荷物社員だった男が

プログラミングを使った仕事の楽しさに気付き
憧れていた大企業へ転職するまで

の話をしていきます。


まずは簡単に私の自己紹介をすると、

  • 大阪在住、某大手に勤める現役システムエンジニア
  • 新卒でソフトウェアを作る部署へ配属
  • これまで車やバイクに搭載するソフトウェアを開発
  • 磨いたスキルで大企業へ転職に成功
  • 将来の夢は自分が作ったプログラムで
    人を感動させること

こんな感じです。

これだけ見ると、
順調にキャリアを積み上げてきたように
思われてしまうかもしれませんが、

もともと僕はまったく仕事のできない
落ちこぼれのお荷物社員でした。


僕は入社早々に
全くの未経験者から
ゴリゴリにプログラミングを使う部署に

飛ばされました。

 

周りの先輩たちから
お前の分かっていないことが分からない
と言われ、

自分自身も
分からないことが分からなかった。

仕事できる先輩からは
ゴミを見るような冷めた目で見られ
その場に居ないもの扱いをされたり



何かトラブルがあって大変な場面でも、
冒頭の言葉のように、

「君がいても役に立つこと無いし、帰っていいよ」

と言われる。


その度に僕は
「お疲れさまでしたー」
と挨拶だけすると

すぐに走ってトイレの個室へ駆け込み、
無能な自分が悔しくて悔しくて
歯ぎしりしながら泣いた。



「俺は会社に要らない人間なのか?」
「俺は社会に必要とされていないのか?」

そう自問自答しながら、
寮までの帰り道、ぼーっと自転車を漕いだ。

同じように寮に向かう多くの会社員がいて、
みんな優秀に見えた。
その分自分への劣等感が半端なかった。



そんな中でも現状を変える努力をせず
ただただ会社の愚痴を
同期と言い合うだけの毎日を過ごしていました。



一応周りについていこうと
本を買って勉強を始めるものの
結局書いてあることが分からず
すぐに挫折するという始末。

毎日が憂鬱でしたし、
仕事ってこんなに楽しくないんだって
思いながら過ごす日々でした。




でもこんな落ちこぼれだった自分が、

初めてプログラミングの仕事を任されて
先輩にボコボコにされながらも
なんとか完成させたプロジェクトで
それが1年後に量産され、

街で走っているのを見かけたとき
デート中だったのに彼女放ったらかしで
目を子供のようにキラキラさせながら

「あのバイク、俺がやったやつ!!!!!!!」
って言ってしまった。

夢中で指をさしながら、はしゃいだ!笑

もうデートそっちのけで
繋いでいた彼女の手を振りほどいて
「見て!見て!」ってやってしまった。



仕事に対する”やりがい”を見つけた僕は

そこから必死に仕事して
スキルを磨いた結果、

就活で失敗して以降
ずっとコンプレックスを抱えていた大企業へ
転職することまで出来ました。


それではここからは
ポンコツ人間が人生逆転するまでの過程を
物語で暴露していきます。

流され、行き着いた場所

僕がプログラミングをやっている理由、
それは至って単純で

ソフトウェアを作っている部署に配属されたから。


就活に失敗して、
仕方なく入った小さいな会社で
想定外の配属先を言い渡されました。

決して自ら選んだわけでは無く、
仕方なく選んだだけ。
周りに選択されただけ。

元々僕は昔から自分で選ぶことはせず、
周りの大多数の流れに合わせて
生きてきました。

引きこもりのゲーマーだった高校時代

僕は小さい頃から内気な性格で、
ゲームしか趣味のない
コミュ障のオタクだったこともあり、


高校生へ進学した時には
まわりが知らない人ばかりという状況が
より内気な性格を加速させ
新しい学校生活に全く馴染めず
友達もほとんどできなかった。



なので学校が終わるとすぐに帰宅し、
部屋に引きこもってゲームばかりしていた。


勉強の方はというと全くやる気が出ず、

高2の冬でも学年の下位争いを繰り広げ
定期テストでも赤点を5つも6つも取るぐらい
底辺の成績だった。


転機

そんな時、家では頻繁にケンカが起きていた。

父親がもともとすぐにキレる性格で
僕は幼少の頃から夫婦ゲンカを良く見てきたが、

この時期はストレスが溜まっていたのか、
特にひどかった。

ちょっとでも気に入らないことがあると
すぐに母親や祖母相手に怒鳴り散らしていた。


僕はそれを見たり聞いたりするのが嫌で嫌で
父親がキレ始めると
逃げるように自分の部屋に閉じこもり


イヤホンを付けて
大音量でゲームしながら

早くケンカ終わってくれ……!!!

とひたすら祈りつつ
現実逃避していた。



そんなある日、
いつもとは比べられないレベルの
尋常じゃない夫婦ゲンカが起きた。


イヤホンのボリュームMaxでも
聞こえるほどの怒鳴り声と
”ガッシャーーン”と
お皿とか家のものが壊れる音が何度もした。

マジで頼むから早く収まってくれ!!!!

僕はビクビクしながら
ひたすら時が過ぎるのを待った。

静まった後に恐る恐る様子を見に行くと
そこには散乱した部屋を黙々と片付ける
母の姿があった。

「ごめんね」

母は涙声でそう言った。


後にも先にも母親の涙を見たのは
この時だけ。

僕は自分の無力さに情けなくなった。

高校生にもなって
現実から逃げてばかりで
親に何も出来ていない。

周りに流されて何も自分で決めようとしない。

努力して人生変えよう!

そう決意した僕は将来のことを考えるようになった。

そして、親に心配されないように
”大企業に行って立派な人間になろう”と決意した。


そのために、まずは大学入学を目指すことにした。

親に迷惑をかけたくないという思いから
国立大学を目指し、勉強を開始した。

家にいたら遊んでしまうのでダメだと思い
放課後は学校の図書館や自習室で
勉強してから帰るようにした。

定期テストや模擬テストでは
何度も現実を突きつけられながら
必死に頑張った。


そして大学受験を間近に控え
進路について悩んでいた時、

とりあえず理系に進んだし、
やっぱ工学部だよな〜。


でもオタク系にはなりたくないから
情報学科以外にしよう。

ねじ曲がった価値観を持っていた。


そして、もともと車が好きで、
”グランツーリスモ”というゲームに
ハマっていた時期ということもあり、

『車=機械』という安易な考えで
機械工学科を選択した。

(これがこの先の地獄の始まりだったとは。。。)

 

就活失敗

大学受験は必死の勉強のおかげで
なんとか地方の国立大学へ合格できた。

大学時代はサークルには入らず
少しでも学費を稼いで
親に負担をかけないようにと
バイトに明け暮れた。


そして、あっというまに就活時期に。

機械工学科ということで、
求人もたくさんあって楽勝だと思っていたが、
世はリーマンショック真っ只中。


バイト以外にこれといった活動をせず
ゲーム以外に趣味や特技を持たない僕は
アピールすることが全然できず
希望した会社をことごとく落ちた。


お祈りメールだらけの受信BOXを見て、
毎日絶望していた。

何が”今後の活躍をお祈りします”だ!

建前の言葉をばっか並べやがって!!

こっちがどんな気持ちでこの文章を読んでいるのか
分かってんのか!!!



それまでの人生、
なんとか乗り切ってきた自分にとって
人生初の挫折だった。

そんな中でも同じ研究室の仲間は
次々と内定をもらっていく。

それもまわりの9割の人間が知っているような
有名な大企業から。


口では「おめでとう」と言っていたが、
心の中では祝う気持ちは全くなく

なんで俺は落ちまくってて、お前は受かるんだ?

本気でそう思っていた。
そう思ってしまう雑魚な自分が嫌いだった。

 

大手企業への就職が決まっている周りの人間は
これから始まる人生勝ち組確定の社会人生活に向け

自信と希望に満ち溢れていて
キラキラして見えた。


一方の自分は、

安い給料で、ショボい仕事に向きあう人生を
ひたすら定年までの40年間続けるだけなんだろうなー

と、人生負け組モードの考えと


いい会社に入る奴らはうらやましいな・・・

という大企業へのコンプレックスを抱えたまま
卒業まで日陰で目立たないように
ひっそりと過ごした。



当時の僕は
世間から必要とされていない感を強く感じ、
世界中から否定されている気分だった。

そして

はぁ…今までの人生って何だったんだろう?
頑張って大学入ったんだけどな。。。



と自問自答する日々を送り、
完全に闇の世界に入り込んでいた。

 

社会人へ

就活に失敗した僕は、
しょうがなく大自然に囲まれた
田舎の小さな会社へ入社。

普通は希望に満ち溢れ
これからバリバリ働くぞー
と思うはずが、

他に行けるところがなく
しょうがなく入った会社ということで
俺はやる気ゼロのダメダメ新人だった。

進んで自主的に行動することはなく
常にネガティブ発言で
てきとーに新人研修と現場実習をこなしていた。


この時は同期からも嫌われていて、
何年後かに同期で集まって飲んだ時

「あの時のハクト、
 ネガティブ過ぎて嫌いだったわー」

って言われましたw


確かに毎日のように
研修だりー、
会社行きたくない
とか言ってましたね。


配属ガチャに失敗

適当にやり過ごした現場研修中のとある日

仕事終わりに、
人事から同期全員が呼び出された。


各々自分の配属先が通知される中、

「君は来月から親会社の本社へ行ってもらいます」

と突然の通達が。


この小さい会社で
・それなりに仕事して、
・それなりに成果出して
・上司に怒られないように過ごせばいいやー
って考えだったのが
いきなり崩れた瞬間だった。



そして急遽引越しの準備をして

本社へ初出社の日を迎えた。


そこでは最初に配属先の上司から説明があり
仕事内容がバイクのエンジンを制御する
ソフトウェアの開発だと知った。

機械工学科出身の僕にとって、
ソフトウェアは全くと言っていいほど
触れてこなかった分野であり
プログラミングなんて未知の領域。

正直に上司へそれを伝えると、
「すぐに慣れて出来るようになるから、大丈夫だよ」と
お気楽な返事が返ってきて

果たして自分はここでやっていけるのだろうか….?

と不安に怯えながら
本格的に社会人生活のスタートを切った。


会社のお荷物に

最初に持った不安は残念ながら見事的中し、

プログラミングど素人の自分は
仕事に全くついていけなかった。

大学の専攻が違うこともあり
プログラミングの知識ゼロ状態であることに
劣等感を感じながら

何とかついていこうと頑張ったが、



”フラグ”という言葉を
ここで始めて知ったレベルだったので

先輩たちが話している言葉にすら
ついていけず、
毎日呪文を聞いている感じだった。


ポート?レジスタ?タイマー?セクション?・・・
全部呪文でしたww




なのでどんな仕事でも、
単語の意味も含めて
一から説明してもらわないと
手が付けられないという

もう完全なお荷物状態だった。


しかも周りは大企業の社員たち。

当然優秀な人ばかりで、
いつも忙しそうに仕事していて
なかなか質問もできない雰囲気が漂っていた。

そんな優秀な人たちと比べて
自分の仕事の出来なさを
ひたすら痛感する毎日だった。



勉強開始と挫折

自分と同じように
一緒に親会社へ飛ばされた同期が
もう1名いた。



その同期はハードウェアの開発と
仕事内容は違ったけど、
同じ境遇ということもあり
すぐに何でも話せる唯一の友人になった。



毎日会社終わってから
一緒にご飯を食べに行き
(マック➜一風堂➜吉野家➜はなまるうどん➜・・・をひたすらローテw)


寮に帰ってからのお風呂でも一緒で
常に会社の愚痴を言い合ってた。

僕「あー、今日も怒られたわー」
友「俺もー。今日なんて関係部署の人に電話で2時間説教されたし。」
僕「俺は仕事遅れていることが上司にバレて
  今日一日何をしたんだ?ってキレられたわー」

明日会社爆発して無くなってないかなー
って本気で考えていたw


ある日、いつものように
周りについていけずに辛いぃぃぃぃぃ
と同期に愚痴ってたら


「とりあえず教科書的なものでも買ってみたら?」
と言われ

休みの日に近所のTSUTAYAへ行ってみた。


普段は車の雑誌か
ゲーム雑誌のコーナーにしか行かないので
この時初めてプログラミングの本棚へ。

そこにたくさんの種類の書籍が並んでいた。
この光景を目の前にし
どれを選んだらよいか分からず涙目に・・・。

でも、

せっかくお金出して買うんだから
分厚くて、たくさん学べるものにしよう

という考えで、枕並みに分厚い本を買った。


これで知識をつけて、
周りの人に追いつくんだ!!

こう決意し、家での勉強がスタートした。



しかし、最初のページから、挫折感が漂っていた。

会社で見たこと無いものが山ほど出てきて、
そもそも”printf”とか、
絶対に会社で使わないものからスタート。

これ本当に会社で役に立つのか…??

という疑問が常にまとわりつく中で
頑張ってはみたが、

あっという間に挫折し、
気付くと本は机の端っこで埃かぶっていた。

 

そんな会社生活を送っていた頃の年末、

彼女とデートで東京へ行った時
夜たまたま通りかかった東京駅で
プロジェクションマッピングを見た。


この時初めて見たけど、
めちゃめちゃキレイで感動だった!

周りの人達からは
「おぉ〜〜〜!!!」と歓声が上がっていた。

これも誰かがプログラムしてるんだよなー
こんな風に技術で人の心を動かせるもの作りたいなー

 

と、こんな会社のお荷物でも
一応技術者としての自覚はあったので


『到達したい場所=夢』

みたいなものが
自分の中に出来た瞬間だった。

 

挑戦

ただし、会社では相変わらずのお荷物状態。

大量の雑務が回ってきたり
そもそも仕事するのも遅いので、
毎日夜22時まで仕事。

そこから同期とご飯を食べに行き
寮に帰宅してお風呂入ると
もう寝る時間になっている。


はぁ…。これで寝て起きたらまた会社か…

と憂鬱な気持ちになりながら布団に入る。

本当に寮には寝るために帰るだけで
プライベートはまったくなかった。

この先の会社人生ずっとこんな感じかなー

もっと人に喜んでもらって
感謝されるような仕事をしたいなー

って思いながら過ごしていた。


上司の無茶振り

そんな時に上司からの無茶振りで、
ホンダさん向けでVTEC(めっちゃ早くなるヤツ。ターボみたいな感じ)
を追加するというお仕事が降ってきた。

自分に出来るのか?
ってかなりビビってたけど、

僕はホンダ車のtypeRに乗っており
VTECの楽しさを知っていたので、

これ作って世の中の人に喜んでもらいたい!!
という思いで挑戦することに。


それまで雑務や、
ソフトウェアのテストばかりしていた
僕にとって初めてのソフトウェア作成。


もう何から手をつけてよいか分からず
混乱状態だったが、

他のソフトウェアを見て
作り方を参考にしたり

わからないところをその都度調べたりと
悪戦苦闘の末、
なんとか形にすることが出来た。

そしていざ出来上がったソフトを
上司に見せたら、






出来がクソすぎて大炎上した。

「これじゃあ仕様通り動かないだろ!」
「あの機種を参考にしたら済むのに、なんでこんな設計?」
「なんでここメーカーへ確認してないんだ?」

などなど
指摘が次々降ってくる。
マジで指摘事項の嵐だった。


こんなに頑張ったのに、
何でこんなにダメ出しされるんだ?

てゆーか、そもそも
僕なんかのレベルには合わない仕事だったのに
押し付けてきたお前が悪いんだ!

とは流石に言えず、

「すみません。
 その通りです。
 やり直します」

と、ひたすら謝った。

そして完成度の低さに呆れた上司は

「〇〇(いつも忙しそうな優秀な先輩)に聞いて
 一から直してこい」

と言い残して立ち去った。

この時に指名された先輩は
とてもとても忙しい人だったので、
気軽に聞けるような雰囲気では無かった。


色々聞きたいけど、
自分みたいなお荷物が話しかけたら
仕事の邪魔になるよなー

って思ってしまい、
なかなか話しかける勇気が出なかった。


でも追い詰められた僕は
なんとか現状を打破しないとと思い、

タイミングを見計らって
決死の覚悟で話しかけた。

そしたら
「チェックするから、
 今日もらった指摘を直したら見せて」
とだけ言われた。

それから先輩との二人三脚が始まった。


まずは課長からの指摘を修正。

先輩に見せる

先輩からさらに指摘

修正し、先輩へ見せる

また指摘

修正





うわー、ここでまた同じような指摘食らってるー。
マジで俺分かっていないなー。

あれ?全然思ったように動かない!
バグってる!!

でも何でだーーー!?!?!?

と、あまりの自分の間違えの多さに直面し
何度も何度も心が折れそうになりながらも

ガムシャラに修正を繰り返し、
なんとかソフトウェアが完成した。


上司に見せたら、
今度は無事にOKをもらい
メーカーへ納品することが出来た。


ただ、納品後も本当に動いたのかが
気になって気になって
仕方がなかった。


そして、ついに我慢できず
メーカーの担当者さんへ電話。(笑)

僕「あの…、
  この前納入させて頂いた
  プログラムの件ですが、

  特に問題など
  起きていないでしょうか…?」

メーカー「無事に動いていますよ。

     弊社の狙い通りの動きをしており、
     おかげさまで試験も
     計画通り進んでいます。」

 

よかった〜〜〜〜〜〜〜

この”無事に動いた”と聞いた時
とにかくめちゃくちゃ安心したのを
今でも覚えています。



この時メーカーさんも喜んでいて、

「ありがとう」

と初めて仕事で感謝された。

初めてのソフトウェア作成で
たくさん苦労して、
何度も心が折れそうになったけど、

最後まで諦めなくて良かった。

心からそう思えた。

自分の仕事が報われた気持ちになった。



これまでは雑務とか、
テスト業務ばかりで、
こなして当たり前の仕事ばっかだった。

頑張ってやり遂げようなんて
思ったこともなかった。


でもこうやって自分のした仕事で
誰かに感謝される。

技術者として
これ以上無い瞬間だった。


挑戦したことで

この経験をして以降
自信がついて
どんどんソフトウェアを作るようになった。

自分がソフトウェアを変更したら、
エンジンの動きが変わって、
バイクの動きが変わる。


メーカーさんの実車試験に同行させてもらい、
それが見える瞬間は特に

この仕事楽しい!!!

と心から感じることが出来た。



たまたま配属された部署で
仕方なくやり始め、
最初は大嫌いだったプログラミングだけど、


自分の作ったプログラムが
狙い通りに動くのが
楽しかった。
面白かった。


そして自分が作ったソフトウェアが載ったバイクが
たくさん世の中へ出ていき、


日本だけでなく、
ヨーロッパ、アメリカ、
中国、東南アジア、ブラジルなど
世界中に広がっていった。

そんなバイクたちを
街で見かけた時は

世の中に貢献しているんだという
やりがいを感じることが出来た。


それに、
自分が作ったソフトウェアを載せたバイクが、

国内販売台数1位になったり、
初代バイクオブ・ザ・イヤーを受賞したりと

嬉しいニュースを営業さんが届けてくれた時は

この仕事やってきて良かったー

ってめちゃめちゃ嬉しくなった。



もしもあの時、、、

先輩に聞かずに、
一人で悩み何とかしようとしていたら
今もお荷物のままだったかもしれません。

先輩に1つ1つ問題点を明らかにしてもらい
それに真摯に向き合ったことで
プログラミングのスキルを
身につけることが出来たと思います。


教材を最初のページから全部読むのではなく、
まずは手を動かし、
自分の分からないところに気付いて
そこを学んでいく。

この繰り返しが
プログラミングスキルの向上に
とても貢献したと思います。

さらに身につけたスキルのおかげで
就活失敗の時からコンプレックスを抱えていた
大企業への転職にも成功しました。

現在は最先端の技術に触れながら、
日々スキルアップしている最中です。

いまも仕事は
めっちゃ楽しい
って思ってます。


車の自動運転に関わる分野にいて
自分が今後の世界を変えるところにいるんだって思えて
ワクワクしながら仕事しています。



このブログの想い

プログラミングには無限の可能性があると思っています。


プログラミングは何でも実現できる
魔法のような技術であって
人に感動を与える力があります。


プログラミング技術の進歩のおかげで
現在世の中は目覚ましい進化をしています。

でもまだまだ進化過程であり、
今から10年後の世界を予測するのは困難なほどです。





これからはAIが主流となり、
仕事を奪われるとか
今まで以上に面白い時代になるとか
色んな人が色々なことを言っています。


どうせならAIを上手く使いこなして
新しい技術を生み出す側に回る
キャリアを描くのも素敵だと思います。


そう思う人が増えて
この業界の人が増えることで
世の中はもっともっと
面白くなっていくと思います。



実際、やり始めたら
そんなにプログラミングって難しくありません。

自分のように
完全初心者であっても、
世の中に貢献できるエンジニアへと
成長できたので、
自信を持って言えます。



でも世の中のイメージとして
プログラミング=難しい
というものが出回っていて、

そもそもプログラミングに触れるのを
諦めてしまう人が多いと感じています。

 

僕はこれがとても残念で

プログラミング=難しい
のイメージをぶっ壊していくのが
このブログを発信する意味でもあります。

それと最近では

フリーランスを勧めたり、
将来性があって
人手も不足しているから転職楽勝だ!
とアピールして

とにかく転職支援付きの
プログラミングスクールを
勧める人が多くいます。

僕はこの流れに疑問を感じています。


高い授業料を払って普通にスクールで勉強しても
結局はその他大勢と同じ
平凡なプログラマー化されます。

そういう人が企業に就職したり、
またまたフリーランスになったりしても

単純作業の低収入案件だけを
永遠にやり続けるハメになってしまいます。


そうではなくて、
自身のスキルを磨き、

自分の作ったプログラミングで
人に感動を与える。
人に感謝される。
世の中の発展に貢献する。


その結果、自分の仕事にやりがいを感じられる。


そんな素敵な人が増えて欲しいなと
思っています。


だけど、そうは言っても
プログラミングの基礎を学ぶことは
必要不可欠です。

でも「勉強はつまらない」
としか思えないのも事実です。
正に僕自身がそうでした。

 

だから勉強って考えることなく
夢中になって自然と学べるものを
お伝えしていきたいと思います。


「あなたが興味を持ち、
 思わず手を触れてみたくなるコンテンツを
 一つでもお届けする」

これをテーマに
これからも面白いコンテンツを作って、
どんどんプログラミングの魅力を
世の中に発信していきます。


たった一人でも自分のコンテンツをみて、
笑えたり、参考になったりしたら本望です。

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さらに、自分がこれまでの
ソフトウェア開発現場で
経験してきたことも語っています。
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